一人の女性を巡る兄弟の争い

万葉集に幾首もの歌を残した額田王(ぬかたのおおきみ)が恋したのは、大海人皇子(おおあまのおうじ)。645年に起こったクーデター・大化の改新の中心人物で、当時の政局のリーダー、中大兄皇子の弟。

 

額田王は、大海人皇子の妻となり、十市皇女(とおちのひめみこ)をもうけますが、

中大兄皇子が即位して天智天皇になると、天皇は弟から額田王を奪ってしまいます。

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香具山は 畝傍ををしと 耳成と

相あらそひき 神代より

かくにあるらし 古昔も

然にあれこそ うつせみも

つまをあらそふらしき

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(意訳) 香具山は畝傍山を愛しく思い、耳成山と争った。神代からこういうことはあったようだ。

だから今の世の人も愛する人を巡って争うのだろう。

万葉集にある三山の妻争いは、この三角関係を詠ったものとされます。

歌で交わす恋のさや当て?

 

668年の夏、宮廷の人々はこぞって蒲生野(がもうの)に鹿狩りに出かけました。

 

このときの宴の席で、天智天皇を前に額田王と大海人皇子が交わした有名な歌が残っています。

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《額田王》

あかねさす 紫野行き 標野行き

野守は見ずや 君が袖振る

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(意訳) あかね色をおびた紫草が生える野。

その標を張った御料地を行き来しながら、あなたはそんなに袖を振る。野の番人にみられてしまいますよ

 

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《額田王》

紫の にほへる妹を 憎くあらば

人妻ゆゑに 我恋ひめやも

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(意訳) 紫草のように美しいあなたを好きでなかったら、人妻と知りながら恋をするだろうか


 

座興で詠まれた歌とはいえ、こうした恋のさや当てが後の壬申の乱につながったという見方もあります。

なにしろ、一方は天皇の後継者となる皇太子にたてられた大海人皇子。

対して、息子の大友皇子(おおとものみこ)に皇位を継がせたいという天智天皇。

 

二人の間の溝は深まっていきます。


愛する者たちが敵味方に

 

天智天皇の死後、大友皇子と大海人皇子との対立は決定的なものになり、

672年、古代史上最大の内乱・壬申の乱に突入します。

 

額田王にとっては、大海人皇子との間に生まれた十市皇女が大友皇子に嫁いでいたこともあり、

国を二つに分ける内乱は、愛する者たちをも敵味方に分けてしまう悲しい争いとなってしまいました。

 

政変も恋愛沙汰も、人の営みを数々みつめてきた大和三山は、緑をたたえ、静かにたたずんでいます。