​日本国創生の原動力となった女帝

​1400年の昔となる飛鳥時代は、女帝が次々と誕生し、女性ならではの政治で活躍しました。

我が国初の女性天皇となった推古天皇は、大陸から伝来した仏教を巡って

長年続いていた混乱を見事に収束しました。

それは、彼女の持つ巫女(シャーマン)的要素を生かし、

古来よりの八十万の神々を敬いながらも、大陸文化の象徴ともいえる仏教興隆に力を注いだ、

いわば神仏を調和させた日本独自の国づくりのはじまりでした。

 

そして、東アジアの諸国と交流して最新文化を取り入れながら、

日本という国を国内外に認知させ、国づくりの礎を築きました。

この当時の女性ならではの政治は、推古女帝のあとに即位した皇極(のちに斉明)女帝にも受け継がれます。

 

飛鳥川上流には皇極女帝が雨乞いをしたという伝承があり、『日本書紀』にも女帝が天に祈ると、

たちまち大雨が降ったとの記述もあります。

またこの女帝は、豪族を中心とした政治から天皇中心の政治に移り変わった大化の改新という、

激動の時代の前後に、皇極、斉明と重祚して即位した女帝でありました。

 

彼女の圧倒的な指導力で、宮殿の造営をはじめ大規模な土木工事に着手し、

古代飛鳥の景観は斉明女帝によって造られたといわれるほどです。

 

そして、次の女帝となる持統女帝が、夫の天武天皇の遺志を受け継いで、

日本の国家としての歩みを一気に加速させたのです。

 

大和三山がすっぽりと入ってしまう広大な藤原京を完成させ、さらに大宝律令を制定させました。

 

これによって本格的な中央集権国家としての日本が誕生したといえます。

こうした女帝たちが持つ巫女的要素と内に秘めた強いエネルギーが、国づくりの原動力となりました。

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